新潟大学医学部医学科

HOME > 教育・研究活動紹介 > 研究内容一覧 公開講座 各種受賞
 特色ある活動 グローバル人材育成推進事業 医学教育分野別認証制度による外部評価

第70回新潟日報文化賞(学術部門)
神経生物・解剖学分野 竹林浩秀 教授

 脳は、進化の過程で高度に発達した器官の一つで、ヒトをヒトたらしめる器官であると言えます。竹林教授は、この複雑で精緻な脳神経系が形成される仕組みについて研究を行っています。特に力を入れているのが神経細胞以外の「グリア細胞」の一つであるオリゴデンドロサイトの発生です。オリゴデンドロサイトは、神経細胞の「軸索」という電気信号を伝える突起の周りに「髄鞘(ミエリン)」と呼ばれる絶縁体の働きをする脂質に富む構造をつくるグリア細胞です。竹林教授は、オリゴデンドロサイトの発生に必須のOlig転写因子を同定した研究者の一人です。Oligファミリー転写因子は、Olig1, Olig2, Olig3の3つのファミリーメンバーからなりますが、特にOlig1, Olig2遺伝子がオリゴデンドロサイト系譜に発現しています。竹林教授は、Olig2がオリゴデンドロサイトと脊髄運動ニューロンの発生に必須であることを、Olig2遺伝子を欠失したOlig2ノックアウトマウスの作製により明らかにしました。さらに、胎生期のOlig2陽性細胞が、将来どのような細胞に分化するのか調べるため、細胞系譜追跡実験系を構築し、発生期の脳、成体脳、病態脳など、様々な条件下で調べました。成果の一つとして、成体脳においても、オリゴデンドロサイト前駆細胞から成熟オリゴデンドロサイトへの分化が継続していることを実証したことが挙げられます。最近では、成体脳でのオリゴデンドロサイト新生が、運動学習に関わっていることが判ってきています。さらにOlig2は、脳のがんであるグリオーマの幹細胞に発現し、その増殖を制御していることが明らかとなり、神経発生学分野のみならず、病理学分野、幹細胞生物学分野でも重要な因子として知られるようになってきました。Olig転写因子の機能を明らかにすることにより、運動ニューロン病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)や、オリゴデンドロサイトの異常によって発症する多発性硬化症(MS)の再生医療、さらにはグリオーマの治療にも役立てられるのではないかと期待されています。
 以上のような業績により、この度、受賞事由「脳内グリア細胞の発生と機能に関する研究」として認められることとなりました。受賞に際して竹林教授は、「これまで一緒に研究してきた仲間、ご支援頂いた方々、そして、教室員に支えられて今回の受賞に至りました。心より感謝申し上げます。今後は、さらに研究を進めて、神経発生や神経難病発症のメカニズムを明らかにすると共に、その成果を神経難病の治療に役立てられるようにしたいと考えております。また,新潟大学には脳研究所があり、早くからグリア細胞の重要性に注目し、研究を続けてこられた先達がおられます。その伝統をさらに発展できるように、若い人に研究の面白さを伝えていきたいと思います。」と述べています。

sp


第69回新潟日報文化賞(学術部門)
分子生理学分野 日比野浩 教授

 難聴は、我が国の人口の1割が苦しむ深刻な疾患です。難聴の多くは内耳の障害に依りますが、その治療法はまだ十分に開発されていません。この課題に取り組むには、臨床医学的な点からだけでなく、内耳における「聴こえ」の仕組みを基礎医学の側面から解明し、難聴の成り立ちを理解する必要があります。かつて耳鼻咽喉科医として診療に従事していた際、治すことのできない多数の内耳性難聴の患者さまを前に悔しい思いをしたことを契機として、日比野教授は内耳の基礎研究に精力的に携わってきました。特に近年は、研究に数理学や工学の知見・技術も取り入れて、顕著な業績を挙げています。
 内耳には、音の物理的な振動を脳が感知可能な電気信号に変換するための特殊な細胞や組織が存在します。これらは、電気部品・回路になぞらえることができます。その装置を動かすための「生体電池」が内耳には備わっていますが、日比野教授は、繊細な電気生理学的な実験により、この電池がカリウムを活用した2つの特殊な電池から成ることを見出しました。また、内耳の電気現象を電気回路に置き換え、数理学的なシミュレーションにより、電池が障害によると想定されていた難聴(虚血性難聴や遺伝性難聴)の発生する詳細なメカニズムを示しました。最近では、こうした電池を構成する細胞のさらなる電気的特性や、難聴に関連するタンパク質の候補を同定しました。一方、音は内耳の感覚細胞をナノレベルで振動させますが、その動作は生体内で大きく増幅されるので、小さな音まで聴くことができます。この増幅の仕組みを知ることを目指し、日比野教授は、本学工学部と共に、新たな振動イメージング装置を開発するための基礎技術を創りました。以上の研究成果は、難聴の発症機序のより深い理解や、新たな難聴治療薬・人工聴覚器の創出に貢献すると期待されています。このような研究には、工学部をはじめとした様々な学術分野の方々と活発に議論し、協働作業を通じて新たな技術を生み出すとともに、お互いの理解を深め合うことが肝要です。そのために、日比野教授は、科学者のみならず企業の方々や若い学生さんも集える場として、「聴覚よろずの会」など複数の研究会を設立・運営し、異分野連携を進めています。
 こうした優れた実績が、受賞事由「内耳の聴覚機能の基礎研究を通して難聴の仕組み解明に前途」として認められることとなりました。受賞を通じて日比野教授は、「教室員と、これまでご支援いただいた方々に、心より感謝いたします。難聴は、加齢に従って患者数が増えていくため、高齢化が進む新潟県のみならず我が国にとっても重大な病気です。この賞を励みに、今後とも、県民・国民の健康と福祉に少しでも貢献するため、難聴の克服を目指して教室員と一丸となり研究にますます打ち込む決意です。」と述べています。

sp


ミャンマーにおける呼吸器感染症制御へのアプローチ

 齋藤玲子教授(国際保健学分野)が申請した”ミャンマーにおける呼吸器感染症制御へのアプローチ”が日本医療研究開発機構(AMED)の感染症研究国際展開戦略プロジェクト(J-GRID)に採択されました。J-GRIDはアジア・アフリカに整備した海外研究拠点を活用し、各地で蔓延する感染症の病原体に対する疫学研究、診断治療薬等の基礎研究を推進し、感染制御に向けた予防や診断治療に資する新しい技術の開発、高度専門人材の育成を図るプロジェクトで、新潟大学を含め9カ国9拠点が採択されています。長年にわたる本学とミャンマーとの協同研究の実績が評価され、採択につながりました。

 しかし、今年度(平成27年度)はフィージビリティ・スタディとしての採択であり、今年度中に、カウンターパートであるミャンマー国立衛生研究所(NHL:National Health Laboratory)との研究協定が結ばれなければ、事業の継続はない、という厳しい条件でスタートしました。その上、長い間軍国主義体制下にあったミャンマーの特殊性のため、研究協定はNHLだけでなく保健省の許可なくしては調印が成立しないという現実が待っていました。さらに本年11月にはミャンマーの総選挙があり、様々な手続きはほぼ動かなくなってしまうだろう、という予測が立っていました。4月より協定締結に向け、齋藤玲子教授はじめ、本プロジェクトの特任教授として4月より赴任した渡部久実拠点長らのあらゆる努力と働きかけの結果、遂に11月初旬に新潟大学とミャンマー保健省当該部局との間に研究協力協定が正式に結ばれました。

sp

写真:新潟大学拠点が入るミャンマー国立衛生研究所(NHL)

sp

 明年(平成28年)3月15日にはNHL内の新潟大学拠点オープニングセレモニーが予定されています。現在、拠点オフィスと感染症検体を扱う実験室の本格的な改装工事が始まっています。今年度中にプロジェクト遂行のための準備を万全に整え、明年以降継続する協同研究が実りあるものになるよう願っています。

sp

関連リンク
日本医療研究開発機構 感染症研究国際展開戦略プロジェクト
http://www.amed.go.jp/program/list/01/06/jgrid.html

sp



第68回新潟日報文化賞(学術部門)
精神医学分野 染矢俊幸 教授

 精神疾患は病態が複雑で難治性のものも多く、長く社会の偏見に晒されてきました。しかし、クロルプロマジンという抗精神病薬の発見を契機として治療技術は進歩し、精神疾患の多くが社会復帰可能なものとなってきました。さらに、より客観的で信頼性の高い精神科診断学への改革は、臨床研究や分子遺伝学研究などが進展する基盤となり、精神疾患の成因や病態の理解に大きな変化をもたらしています。こうした診断学の整備と研究推進という正の循環により、例えば、これまで見過ごされてきた「発達障害」という病態が実に高頻度に存在し、これらはいじめやひきこもりなどとも関連することが明らかになるなど、疾患の認識も大きく変化しています。
 こうした変革が加速した1980年代から、染矢教授は国際標準の精神科診断システムをわが国に積極的に導入する努力を続けてきました。診断におけるこの世界共通言語は、わが国の精神医学研究に国際化をもたらし、一方でエビデンスに基づいた診断と治療の標準化を推進し、臨床知見の集積、治療技術の向上を促して、医学教育、診療においても大きな貢献を果たしたといえます。
 また、精神疾患の病態解明ならびに生物学的診断と治療法開発を目指して研究を進め、精神疾患の薬理遺伝学、分子遺伝学領域で世界的に活躍し、日本トップクラスの成果を収めてきました。特に薬物療法の分野では、副作用のリスクを抑え効果を最大化するための遺伝子情報や臨床指標を特定し、臨床現場において治療技術の向上をもたらしました。国内外の学会の理事長を務めるなど、その業績は高く評価されています。
 近年では、急速に社会的な注目を浴びるようになった「発達障害」に対して、「新潟大学こころの発達医学センター」を2007年に立ち上げ、その病態解明、医学的対応の確立を目指して当該分野の研究と専門医育成を推進しています。
 また地域の医療構想における必要性から、医療構造の将来予測に関する考察を行い、2009年に「精神病床の統合失調症入院患者数の将来推計」として発表された結果は、「今後の精神保健医療福祉のあり方」など行政の政策立案に活用されるなど、国ならびに地域社会へ多大な貢献をしています。災害支援においても、中越、中越沖、東日本の3度の震災で「心のケア」活動の中心的役割を務め、県内被災地のケアとそのケアにあたるスタッフをサポートする事業を展開し、学会をはじめ様々な場所で復興に向けての提言を行ってきました。
 以上のような精神医学分野の多岐にわたる優れた業績が、受賞事由「精神疾患の病態解明と診断・治療法開発に関する研究」として認められ、今回の賞が授与されることとなりました。今回の賞を受賞して染矢教授は「臨床に関する学術活動でこのような栄誉ある賞をいただくことができ、大変嬉しく思っています。臨床や研究を一緒に進めてきた仲間、協力いただいた患者さんに感謝しています。今後も、臨床医として精神疾患の診断や治療につながる重要な所見を見出していきたいと思います。」と述べています。

sp


マレーシア国民大学(UKM: Universiti Kebangsaan Malaysia)訪問報告

sp

図1UKM地域保健学講座疫学部門のメンバーと

 2015年2月11日〜12日の2日間、菖蒲川(国際保健学分野・准教授)がUKMを訪問したので報告します。今回の訪問の目的は大きく分けて2つあり、1つは、本年5月に予定されている新潟大学とUKMのMOU Addendum更新の打合せと、MOUに基づいて現在在籍しているダブルディグリー博士課程大学院生の研究進捗の確認のためです。
 今回のUKM訪問では、ダブルディグリー博士課程大学院生であり、UKM地域保健学講座の講師でもあるロハイザ氏(Dr. Rohaziat)が全ての調整役を担ってくれました。また、色々な場面において新潟に短期留学した経験のあるUKMの学生がサポートしてくれ、とても心強く感じました。

sp

図2MOU Addendum更新とダブルディグリー
研究進捗について議論

2月11日
 午前よりUKM医学キャンパスを訪問しました。UKM側の交流窓口となっているDepartment of Community Health(地域保健学講座)のHead of Departmentであるリザル教授と面談しました。リザル教授は5月のMOU Addendum調印式のために来日することをとても楽しみにしていました。MOUを基礎として、今後も実りある交流と研究の発展を願っている、と語っていました。
 地域保健学講座の中には6つの部門があり、そのうちの一つであるEpidemiology Unit(疫学部門)のシャムスル教授は新潟大学医学部公衆衛生学分野(現・国際保健学分野)で博士号を取得し、その後も折あるごとに学生交流のサポート等を通して新潟大学との関わりを持ってくれています。シャムスル教授は1月まで特別研究期間(サバティカル)のため、イエメンに9ヶ月間滞在していましたが、今回、イエメンから戻り、久しぶりに再会することができました。疫学部門のスタッフであるシャムスル教授、ロハイザ氏、ナザルディン氏(講師)を交えて、MOU Addendum更新のための詳しい打合せをしました。内容的には現行のまま更新できればよいというのが一致した意見で、実りのある交流を続けていきたいということでした。さらにUKM側よりダブルディグリーを希望する学生がおり、研究テーマはデング熱の解析だそうです。今後、新潟大学側で受け入れできるかどうか、検討が必要と思います。
 さらには、現在、ダブルディグリーに在籍しているロハイザ氏の研究進捗について確認し、今後の予定を話し合いました。特に、インフルエンザ研究のための検体採取に苦心していましたが、最近ようやく軌道に乗ってきたとのことでした。マレーシアで集めた検体を用いて、本年4月の来日の際に国際保健学で実験と解析を行う予定となっています。
 2月13日より新潟大学に短期留学生として受け入れる2名のUKM医学部4年生とも顔合わせし、新潟でのスケジュールを確認しました。今回の来日は約1週間と非常に短いですが、井口清太郎特任教授(総合地域医療学講座)が小出の地域医療見学を計画してくださったほか、新潟市民病院訪問、高齢者施設見学、UKM留学経験のある本学の学生との交流などを計画しています。

図3協力医の医院

2月12日
 ダブルディグリー博士課程大学院生であるロハイザ氏の研究進捗の確認として、ロハイザ氏が呼吸器検体を集めている医院1カ所と病院1カ所を訪問しました。今回、研究に協力してくれている医師の一人に会い、話を聞くことができました。協力医は元軍医で、現在は家庭医をしているというロハイザ氏の親戚だそうです。呼吸器検体の収集は今年1月に始めたばかりにもかかわらず、すでに20検体以上を採取してくれていました。インフルエンザキット陽性の患者はその中に1名(B型)のみだったようで、なぜそのように低い割合なのか、臨床症状の特徴や他の疾患との比較等々について話し合い、さらなる協力をお願いし、医院を後にしました。

図4協力医の病院へ検体を回収しに行くロハイザ氏

 ダブルディグリー博士課程大学院生のロハイザ氏は患者からの検体採取と情報収集を行うために、患者へのインフォームドコンセントや収集データの管理を綿密に計画してきましたが、なかなか思うように検体を集めることができず苦心しています。インフルエンザ様の症状を来して来院する患者は非常に多いにも関わらず、協力医院の医師が日常的に忙しく、検体採取や患者への説明をする時間がないとのことでした。また、発熱患者は多くても、デング熱や他のウイルスによる病気でありインフルエンザではないことも日本に比べて多いようです。今回、苦労してようやく採取した検体による遺伝子解析に成功すれば、マレーシアのインフルエンザ分子疫学的特徴を明らかにしていくことができるため、今後の研究の進捗に注目していきたいと思います。

sp

図5真新しい医学部棟ビルのロビー

 以前、UKMMC(UKMメディカルセンター=大学病院)のビル内にあったUKM側の交流窓口となっているDepartment of Community Health(地域保健学講座)の一部が昨年新しく完成したばかりのビルに移っていました。このビルは医学部棟として使用しているそうで、以前はUKMの医学部1,2年生は全学キャンパスで学んでいましたが、ビルができてから講義や実習をこのビルの中で全て行うことができるようになったとのことです。
 今後も、UKMとの交流をより太く充実したものにしていきたいと思います。
 (2015.2.13 文責・菖蒲川由郷)

sp


第67回新潟日報文化賞の対象となった研究について
神経生化学(生化学第二) 五十嵐道弘 教授

 この度は、学長・医歯学系長(医学部長)のご推薦を受けました第67回新潟日報文化賞にて選考の結果、同賞を受賞する名誉に浴し、去る10月31日に新潟日報本社での授賞式で受賞いたしました。

図1図1

研究内容は、私がこれまで25年以上研究を続けてきた神経成長円錐の分子機構の研究に基づくものです。脳の機能的構成単位はシナプスであり、2つの神経細胞が機能的に結合して情報伝達を行う装置です。シナプスは発生時に形成されますが、その形成機構は、一方の神経細胞の突起先端が運動性の高い構造となって、正確な経路を採って相手方の神経細胞に到達してできると考えられます。この先端の構造を「(神経)成長円錐」(neuronal growth cone)といって、今から120年以上前にスペインの解剖学者ラモニ=カハール(脳研究者では最初のノーベル賞受賞者)が発見したものです(図1;上が成長円錐;下がシナプス)。成長円錐は発生のときが最重要ですが、それだけでなく、大人の脳が学習をした際に新たにシナプスを作る場合、あるいは神経が再生する場合にも成長円錐の働きが関係します。再生は成長円錐機能が持続的に促進されるときのみ可能で、抑制されると変性して神経細胞は死んでしまいます。

図2図2

 このように重要で複雑な役割を担う成長円錐で、働いている遺伝子やタンパク質の相互作用の知見は、ヒトを含む高等動物では非常にわずかな知見しかありませんでしたので、成長円錐機能を分子のレベルから説明することは非常に困難でした。私は網羅的なタンパク質の定性的・定量的な解析を行うプロテオミクス(2002年に田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞した技術開発)を成長円錐に適用し、その分子基盤を明らかにしました(米国科学アカデミー紀要 [PNAS] 2009年)。これによって、成長円錐の新たな分子マーカー候補(図2)を明らかにすることができ、研究上の評価も高まりました。

sp

図3図3

 また神経の再生に関しては、外因(神経細胞の周囲に存在している、再生を阻害する因子)と、内因(神経細胞の成長を促進または抑制している、神経細胞内で発現している因子)のバランスで、成長円錐の機能の促進(再生可能)または抑制(再生不能)が決まると考えられます(図3)。この成長円錐の機能調節を解析するため、外因の1つで最も強力なコンドロイチン硫酸(CS)を合成する酵素を欠損させたマウスで脊髄損傷を行ったところ、神経細胞の軸索の再生も顕著に生じました。しかし、この結果は単に外因が減っただけでなく、成長円錐機能に促進的なヘパラン硫酸(HS)というCSの類縁物質の増加、という内因の変化も同時に起こったことがわかりました(Nature Communications 2013年)。
 このように成長円錐の分子基盤を介して、脳の働きの実体である「神経回路」の形成・再編・修復の多様な現象を明らかにしつつあります。これらの点が評価されて、今回の受賞につながったものと思っております。
 今後、さらに動的な「リン酸化」「イメージング」「極性形成」など、新たなキーワードを追加して神経の成長・再生に関する研究にチャレンジしていきたいと思います。引き続き、学内の先生方のご支援を賜りますよう、お願いいたします。

sp


文部科学省「課題解決型高度医療人材育成プログラム」について、
新潟大学は災害医療領域の担当大学に選定されました。

 本事業は、我が国が抱える医療現場の諸課題等に対して、科学的根拠に基づいた医療が提供でき、健康長寿社会の実現に寄与できる優れた医療人材を養成するため、大学自らが体系立てられた特色ある教育プログラム・コースを構築し、全国に普及させ得るべく、これからの時代に応じた医療人材の養成に取り組む事業を支援する事業です。

sp


分子遺伝学分野(生化学第一)・小松雅明教授がトムソン・ロイターのHighly Cited Researcherに選出

 Highly Cited Researchersは、トムソン・ロイター社が、世界中で引用された回数の多い論文の著者を研究分野ごとに選出したものです。 2014年は、約3,200名の研究者が、世界的に最も影響のある研究を行っている研究者としてリストアップされ、Biology & Biochemistry分野では本学の小松雅明 教授(分子遺伝学分野(生化学第一))が選ばれました。

sp


糖尿病の発症に関わる新たな分子を発見

 医歯学総合研究科循環器学分野の南野徹教授らは、セマフォリン3Eという分子が肥満において糖尿病の発症に重要な役割を果たしていることを発見しました。セマフォリン3Eは、肥満した内蔵脂肪組織において発現が高まっており、これが脂肪組織に免疫細胞を誘導することで内蔵脂肪組織に炎症が起こり、糖尿病を引き起こしていることが明らかになりました。この研究により、肥満患者における糖尿病に対する、より効果的な新しい治療方法が開発されることが期待されます。本研究に関する論文は、「Cell Metabolism」の第18巻(491-504頁、2013年)に掲載されました。

1. 研究の概要

 近年、肥満や糖尿病の患者は劇的に増加しており、現代社会の大きな問題となっています。全身のインスリン抵抗性や糖尿病の発症には、肥満に関連した脂肪組織の炎症が深く関与していることが知られており、炎症が生じた脂肪組織から産生された炎症性サイトカインが全身に循環することにより、骨格筋や肝臓といったインスリン標的臓器にも影響を及び、全身のインスリン抵抗性や糖尿病が引き起こされると考えられています。反発性の神経軸索ガイダンス分子であるセマフォリン3Eは、その特異的な受容体としてプレキシンD1が知られていますが、以前に南野教授らは、糖尿病ではセマフォリン3Eの発現が高まっており、これが虚血組織の血管新生を阻害することを報告しました。
 今回、南野教授らは、肥満においてセマフォリン3Eが脂肪組織の炎症と全身のインスリン抵抗性を惹起することを明らかにしました。マウスに高脂肪高ショ糖食を与え、食餌誘導性の肥満モデルを作成すると、肥満マウスの内蔵脂肪組織では炎症が起こるとともに、インスリン抵抗性や耐糖能異常といった糖代謝異常を来していました。その際の脂肪組織を詳しく調べると、脂肪細胞でセマフォリン3Eの発現が、脂肪組織に浸潤する炎症細胞、特にマクロファージでプレキシンD1の発現が著明に亢進していました。セマフォリン3Eと結合しその作用を阻害する働きをもつ可溶性プレキシンD1を投与した肥満モデルマウスや、セマフォリン3Eホモノックアウトマウスの肥満モデルでは、脂肪組織の炎症は有意に改善し、糖代謝異常も著明に改善しました。反対に、脂肪組織においてセマフォリン3Eを過剰に発現したマウスでは、脂肪組織の炎症や著明な糖代謝の異常を来たしました。このことから、セマフォリン3E-プレキシンD1シグナルは肥満において脂肪炎症や糖代謝の異常を誘導する作用があることが示唆されました。
 マクロファージなどの炎症細胞では、その細胞表面にCCL2受容体を発現しているため、炎症性サイトカインであるCCL2が分泌されるとそれに反応して炎症組織や感染組織に炎症細胞が誘導されることが知られています。そこで培養マクロファージ細胞を用いて細胞遊走アッセイを行いマクロファージの誘導性について検証したところ、セマフォリン3EはCCL2と同等にマクロファージを誘導する作用があり、マクロファージのプレキシンD1を抑制するとこの作用が抑制されることがわかりました。さらに、プレキシンD1の発現を抑制した骨髄を移植したマウスを作成したところ、これらのマウスでは肥満における脂肪炎症や糖代謝の異常が抑制されました。このことから、肥満においてマクロファージの脂肪組織への浸潤はプレキシンD1を介して誘導されると考えられました。
 以前に南野教授らは、肥満においては酸化ストレスやDNA損傷が蓄積し脂肪組織でp53が活性化すること、活性化したp53は脂肪組織の炎症を惹起し、全身のインスリン抵抗性を引き起こすことを報告しました。そこで脂肪組織に特異的なp53ノックアウトマウスを作成したところ、このマウスでは肥満における脂肪炎症や糖代謝異常が抑制されましが、このマウスに可溶性プレキシンD1を投与しても相加的な改善効果はありませんでした。野生型マウスの脂肪組織にp53活性化剤であるキナクリンを投与したところ、セマフォリン3Eの発現が亢進するとともに、脂肪炎症や糖代謝の異常が惹起されましたが、これらの変化は脂肪組織に特異的なp53ノックアウトマウスでは起こらず、キナクリンにより誘導される脂肪炎症はp53依存的なものであると考えられました。さらに、クロマチン免疫沈降法を用いて検証したところ、p53はセマフォリン3Eの発現を制御している可能性が示唆されました。また、キナクリンで脂肪組織のp53を活性化させたマウスに対し、可溶性プレキシンD1や炎症性サイトカインであるTNF-αの中和抗体を投与すると、脂肪組織の炎症や糖代謝の異常が改善しました。これらの結果より、肥満において生じるp53依存性の脂肪組織の炎症において、セマフォリン3Eはp53の下流シグナルとして重要な役割を果たしていると考えられました。

2. 本研究の意義、将来への発展性

 本研究において南野教授らはセマフォリン3E-プレキシンD1シグナルが脂肪組織の炎症を惹起し、インスリン抵抗性や糖尿病の発症・進展に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。セマフォリン3EがプレキシンD1陽性マクロファージを誘導し、脂肪組織でのp53活性化がセマフォリン3Eによるマクロファージ誘導を促進することで脂肪の炎症や糖代謝異常が惹起されることが明らかになりました。癌抑制遺伝子であるp53は、DNA修復やアポトーシス、老化などに関連し、ゲノムの安定性の維持や発癌の抑制に寄与しています。近年、p53は加齢関連疾患にも関与しているということが知られてきており、加齢に伴ってp53の発現が亢進することや、p53の持続的な活性化は早期老化を引き起こすこと、老化した心血管ではp53の発現が亢進していることなどが知られており、動脈硬化や心不全といった疾患においても重要な役割を果たしていると考えられます。また、最近では代謝異常や代謝制御との関連性を示唆する報告もされています。本研究ではセマフォリン3E-プレキシンD1シグナルが、p53依存性の脂肪炎症において重要な役割を果たし、このシグナルの抑制が肥満時の代謝異常を改善させることを示しました。p53それ自体の抑制は発癌を誘導する可能性も考えられることから、セマフォリン3E-プレキシンD1シグナルの抑制は、肥満患者の糖代謝異常に対する新規治療ターゲットとなる可能性が示唆されます。

図1 肥満における内蔵脂肪組織において活性化したp53はセマフォリン3Eの発現を亢進させる

 セマフォリン3EはプレキシンD1を発現したマクロファージの脂肪組織への浸潤を誘導し、脂肪組織の炎症を惹起してインスリン抵抗性を引き起こす

論文情報

筆頭著者:清水逸平(Ippei Shimizu)、吉田陽子(Yohko Yoshida)
責任著者:南野徹(Tohru Minamino)
“Semaphorin3E-induced inflammation contributes to insulin resistance in dietary obesity”
Cell Metabolism, 18, 1-14(2013)

sp


糖鎖修飾酵素の活性調節による神経損傷の顕著な修復について

研究成果の概要

 神経生化学(生化学第二)の五十嵐道弘教授らは、コンドロイチン硫酸(CS)糖鎖合成酵素T1の遺伝子欠損マウスが、脊髄損傷(脊髄が交通事故や落下などでの打撃等で損傷を受けた状態で、損傷が大きい場合には、その部位から下の運動機能が障害されて麻痺が残るケースが多い。患者のQOLにも大きな影響が生ずる。)の劇的な回復を引き起こすことを発見しました。このマウスでは、損傷部位の縮小や神経の突起である軸索(神経細胞は、多数の突起を有して他の神経細胞とネットワークを作っている。そのうち、出力に当たる1本の長い突起を軸索という。軸索は一本のみであるため、脳や脊髄などの中枢神経系の神経細胞では、軸索が損傷を受けると通常は回復せず、変性して神経細胞死を起こすことが多い。これは神経損傷や、神経変性疾患【アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症など】の難治性の根源と考えられている。)の顕著な伸長再生が起こり、さらにはヘパラン硫酸(HS)という、CSと合成系を共有し、かつCSとは逆の神経伸長活性を持つ分子の発現を高めていました。この研究から、このT1酵素は神経損傷や神経難病の改善に向けて重要な創薬の標的であることを解明しました。
 さらに損傷脊髄に限定してこの遺伝子の抑制にも成功し、今後のiPS細胞移植などと併用することで、治療法の無かった脊髄損傷などの中枢神経の病態への再生医療につながる成果であると期待されます。本研究に関する論文は、オンライン限定の学際的ジャーナルとして国際的に高く評価されている「Nature Communications」(Interdisciplinary journalとしては、Natiure本誌、Scienceについてimpact factor第3位)に掲載されました。
【本論文は、朝日新聞デジタル、新潟日報、日刊工業新聞など数紙に報道されました。】

成果に至った経緯

 CSはグリコサミノグリカン(タンパク質に結合する二種類の糖の繰り返し構造が長く伸びた糖鎖化合物。細胞外基質の中核的な物質である。)という糖鎖の一種で細胞外に広がって細胞外基質(細胞と細胞の間の空間を埋めている物質群で、多様な分子から成り立つが、細胞間シグナル伝達など、細胞間のコミュニケーションに必須である。)を構成し、組織の維持に重要な役割を果たします。しかし神経損傷時や神経変性疾患では、反応性グリア細胞(神経が損傷を受けると、防御反応として損傷部位を囲い込んで炎症を最小限に押さえ込むのに寄与している細胞。アストロサイトという細胞が変化したもので、神経損傷時に増殖する。)(反応性アストロサイト)が増殖してCSを大量に合成します。これは中枢神経を守る生体防御に有利な面も大きいのですが、軸索の再生阻害因子として機能します。CSの分解誘導による再生促進の研究は近年活発に研究されていますが、特にCSは過剰な炎症反応を抑制する効果もあり、現実的な治療としては難しい面があります。
 今回、五十嵐教授はCS合成酵素T1の遺伝子欠損マウスを作り、脊髄損傷から劇的な回復を示すことを発見しました。このマウスは運動機能の回復実験からも修復が顕著で、組織像からも軸索再生が確認されただけでなく、損傷部位は通常マウスでの損傷時に比較して50%に縮小しました。さらにこのマウスでは損傷後、CSの減少と同時に、軸索の伸長を促進するHSの合成が20倍以上に著増して、想像以上の回復を示すことを発見しました。HS合成上昇による相乗効果は、CSを分解する方法では全く得られない結果でした。そのため、このCS糖鎖合成酵素T1は、脊髄損傷をはじめとする中枢神経損傷や神経難病の治療に向けて絶好のターゲットとなるものと考えられます。さらに同グループは、脊髄損傷後のマウスの損傷部だけでT1遺伝子の発現抑制(遺伝子ノックダウン)法を開発し、上述のマウス全身でこのT1の発現を抑える(遺伝子ノックアウト)ことと同様に、損傷後の回復効果を高めることに成功しました。これは治療への可能性も大きく示唆しています。

研究の発展性

 中枢神経損傷に対してはこれまで、根本的治療法がありませんでした。そのため深刻な麻痺などの後遺症は非常に大きな社会問題でもあります。そのため近年、とくに幹細胞の移植によって脊髄損傷からの治療を目指す方向性が特に大きく取り上げられています。今回の成果は、全く新しい原理に基づく、T1分子を標的とした神経損傷に関する治療法を提案するものでもあります。とくに、遺伝子ノックダウンによって治療回復を引き出すことにも成功しており、治療方向性を提案しました。この研究は将来の神経疾患の難治性を解消する原理に発展することも期待されます。

学問的意義

I. 神経科学における意義
軸索の再生を阻害する要因は、1) 外因=外部に存在する阻害的因子、2) 内因=神経細胞内部に存在し、神経の成長を抑制する因子(あるいは成長を促進する因子の欠如)、の2つが考えられます。CSは前者、HS合成は後者に関係し、T1遺伝子の調節は内因・外因の双方を同時に調節する最初の分子であり、大きな学問的成果を有しています。

II. より一般的な意義
当該の分子は、神経系のみに特異的ではなく、もちろんすべての臓器、すべての細胞の周囲に存在する分子群です。すなわち、CS、HSは細胞外及び細胞表面にそれぞれ遍在して、細胞周囲の環境やシグナル伝達を調節している分子です。今回の結果は、T1という単一の遺伝子の発現を調節することで、細胞内外の環境が大きく変化する、ということを意味しています。また今回、脊髄損傷という系で変化が見られたということは、「病態モデルを作成することで、はじめて一連の遺伝子発現の大きな変動を確認することができた」ということを意味しています。

図1 軸索再生を妨げる外因と内因

図1

神経の軸索はヒトを含む哺乳動物の脳・脊髄では損傷を受けると再生は困難です。その主たる理由は、2つあります【左図】
1つは外因で、神経細胞の細胞外に神経成長を妨げる因子が大量に存在する、という考えであり、損傷後に作られる大量に作られるCSなどがここに含まれます。一方、神経細胞は成人になると伸びる活性がもともと弱くなる、というのが内因で、成長に促進的な遺伝子の発現抑制や、成長を抑制する遺伝子の発現などが想定されます。今回のわれわれの研究では、HS合成酵素遺伝子の発現が、成熟脳では低くなっている点が内因と関係すると考えられます。

sp

図2 コンドロイチン硫酸合成系の経路

図2

コンドロイチン硫酸(CS)(左下:赤)の糖鎖はタンパク質(青)から伸び、合成には多種類の酵素が働く。本研究では、タンパク質から伸びだす四糖の後にCS鎖合成起点にあるCSGalNAcT1(コンドロイチン硫酸GalNAc転移酵素;T1)を標的とした。このT1遺伝子欠損マウスを作製した(図の通行止の部分)ところ、脊髄損傷の劇的な回復を見た。T1遺伝子を発現抑制すると、ヘパラン硫酸(HS)(左上:緑)の合成が促進され、神経突起の伸長因子HSが発現上昇したためでもあった。

sp

図3 脊髄損傷からの回復の概念図

図3ピンク:コンドロイチン硫酸(CS)
緑:ヘパラン硫酸(HS)
赤:CSを発現する反応性グリア細胞

通常のマウスでは脊髄損傷部には大きな瘢痕ができるが、T1遺伝子を欠損させてCS発現量が低下したマウスでは瘢痕部が縮小した。さらに通常は認められない神経の伸長因子HSが合成され、さらに神経再生伸長をさらに促進していた。

sp

図4 脊髄損傷部特異的に遺伝子抑制し、回復させることにも成功

図4

本研究から、T1は中枢神経の損傷や疾患の治療に向けてよい治療標的になることが証明された。しかし全身性の遺伝子抑制は、治療方策として改善の余地がある。本研究では、さらに損傷部のみ組織特異的に遺伝子発現抑制する方法を開発した。遺伝子抑制(遺伝子ノックダウン)のために用いる核酸配列(siRNA)を見いだし、損傷部に定置して浸透させ、効果的にデリバリーするT1遺伝子ノックダウンに成功した【左図】。この方法で通常のマウス(野生型)が、T1ノックアウトマウスと同様に、脊髄損傷後の大きな回復を示した。

sp

論文情報

筆頭著者:Kosei Takeuchi 【武内恒成】
責任著者:五十嵐道弘 Michihiro Igarashi
“Chondroitin sulphate N-acetylgalactosaminyl-transferase-1 inhibits recovery from neural injury” Nat Commun. 2013 Nov 12; 4:2740. doi: 10.1038/ncomms3740
http://www.nature.com/ncomms/2013/131112/ncomms3740/full/ncomms3740.html

sp


日本医師会医学賞(高橋公太教授)

 平成24年11月1日、医学上重要な功績を挙げた医師に授与される「平成24年度日本医師会医学賞」の授賞式が行われた。本年の受賞者として本学大学院 医歯学総合研究科 腎泌尿器病態学分野教授、橋公太がその栄誉に輝いた。 今回受賞した研究テーマ「ABO血液型不適合腎移植への挑戦 –免疫学的禁忌の克服と臨床応用の普及– 」は彼の長年のライフワークである。
その概要について触れると、腎移植は、末期腎不全の根治的な腎代替療法であるが、わが国では欧米諸国に比べて献腎提供が極端に少ないため、腎移植を受けることのできる患者は限られている。
彼は、腎移植の適応を拡大する目的で1989年、わが国で初めてABO血液型不適合腎移植を成功させた。

図1第65回日本医師会設立記念医学大会 平成24年11月1日

 Karl Landsteinerが1901年にヒトに血液型があることを発見して以来、血液型の異なる移植をするとただちに超急性拒絶反応が発生して移植腎機能が失われるので、免疫学的に禁忌とされてきた。移植免疫学の前に立ちはだかるこの問題は、あまりにも高く大きな障壁であったため、世界では誰一人して面と向かってこの問題を解決しようとはせず、あえて避けて通ってきた。
彼は、この大きな課題に正面から真剣に取り組み、日常医療として定着させることを最終目標に掲げ、多数の症例を詳細に検討した。そして疫学的、集学的手法を用い、さらに臨床的イノベーションを繰り返し、探索的研究(translational research)を実践し、最終的に免疫学的禁忌とされてきた超急性拒絶反応を克服し、その治療戦略を確立した。
その結果、ABO血液型不適合腎移植の成績は飛躍的に向上し、現在では適合移植の成績と同等になっている。年間の症例数でも献腎移植数を超え、生体腎移植の約30%を占めるようになり、わが国では、今日まで通算2500例以上の末期腎不全患者がこの移植の福音を受けている。
特に小児例(慢性腎不全患児)では、成長・発育の面から腎移植が必須であるが、両親が腎提供を熱望しても、血液型が不適合であると移植を諦めざるをえなかった。しかし、この移植が可能となり、成人よりも成績が良好なこともあり、いち早く普及している。

図2日本医師会医学賞受賞式 日本医師会長の横倉義武先生から賞状が授与された

 この移植における治療戦略は、700例以上の肝移植や、膵移植にも臨床応用され、さらに他の臓器移植にも広がりをみせつつある。今後はあらゆる同種臓器移植にも適応され、その手技や治療法は、既存抗体陽性例や、異種移植にも応用されることは間違いのない事実である。
高橋は、このように既成の移植免疫学に一石を投じ、ABO血液型不適合腎移植を学問的体系まで高めた。いまや不適合腎移植は、名実ともにわが国より世界に胸を張って発信できる数少ない臨床研究の一つになっている。
日本医師会医学賞は国内の医学分野では最も権威のある賞の一つである。新潟大学の研究者の受賞は昭和57年以来実に30年ぶり、通算4人目であり、臨床医学分野では新潟大学初の快挙である。

橋の就任以来、本学では通算約350例の腎移植を施行しており、その成績は国内外でもトップクラスである。海外に比べてわが国ではまだ十分に普及しているとはいえない臓器移植学の分野において、当教室は臨床面、研究面において今後も高いモチベーションを維持し、わが国の移植医療をリードすることが求められている。
今回の受賞はわが国、そして世界の移植医療におけるさらなる研究の発展に寄与するばかりでなく、安心・安全な医療の普及、提供の一助となるものと考えられる。

sp


福島支援活動−BISHAMONプロジェクト

図3種々の規制区域(2011年9月30日まで)

 2011年3月11日の東日本大震災に引き続いて福島第一原子力発電所で最悪の事故が発生し、大量の放射性物質が放出されました。 「警戒区域」の住民は避難を余儀なくされ、2年近くが過ぎた現在でも多くの被災者が故郷に帰れないでいます。 私は南相馬市に生まれました。故郷のために何かしなければと思っているうちに本学アイソトープ総合センターを中心に医学部、歯学部の有志10名ほどの協力を得てチームを編成することができ、1昨年8月から毎週のように南相馬に出かけるようになりました。 活動開始以来1年半を経過しましたので、私どもの活動を紹介し、今後の展望にも触れたいと思います。

内藤 眞(分子細胞病理学、アイソトープ総合センター)

sp

耳の奥にあり、音を増幅する「生体電池」の仕組みを、
コンピューターシミュレーションで解明

 新潟大学医学部生理学の日比野浩教授・任 書晃助教らは、大阪大学医学系研究科の倉智嘉久教授らの共同研究により、鼓膜の奥にあり、音を増幅するための『生体電池』の仕組みを、コンピューターシミュレーションを用いて明らかにしました。この電池は、電解質の濃度差を利用した複数の小規模電池や抵抗などの部品を含む「並列電気回路」が、更に3つ「直列」につながってできていました。また、一部の遺伝性難聴は、特定の小規模電池が壊れて回路に異常な電流が発生することが原因であることも分かりました。これに関する論文は、米国科学アカデミー紀要 『PNAS; Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』 の109巻23号(9191-9196頁:2012年)に掲載されました。

1. 概要

図1図1 鼓膜の奥にある聴こえの感覚器官「蝸牛」(左図)。右図は、蝸牛の断面図。蝸牛は三つの管からなる。中央の管を満たすリンパ液は+80 mVを常に示す。この高い電位は、音の増幅に重要であり、上皮組織に備わった生体電池により保たれる。

 鼓膜の奥にある渦巻き状の「蝸牛(かぎゅう)」は、聴こえに不可欠な器官であり(図1)、音の波を電気信号に変換すると共に、小さな音を増幅する働きを持ちます。前者の働きは聴こえの感覚細胞である「有毛細胞」によって担われますが、後者については蝸牛を満たす体液であるリンパ液の高い電位(+80 mV)が極めて重要な役割を果たします。リンパ液の高い電位は、蝸牛の上皮組織に備わった「生体電池」に由来すること(図1)、失われると(即ち生体電池が壊れると)聴こえが悪くなること、などが分かっています。1980年代後半から90年代にかけて、蝸牛の上皮組織には電解質、特にカリウムの濃度差を利用した仕組みが備わっていて、それが「生体電池」の重要な要素であることを示唆する実験結果が発表されました。
 日比野教授や倉智教授らは、2008年に、特殊な電気生理学実験により、カリウムの濃度差を利用した仕組みが少なくとも上皮組織には2つあり、それが「生体電池」を作っていることを見出しました(PNAS 105:1751-1756, 2008)。しかし、「生体電池」は、この2つの仕組みのみで果たして出来ているのか、それらがどのように組み合わさっているのかは、理解されませんでした。近年では、電解質の濃度差を利用した仕組みの部品に相当する「イオンチャネル」の遺伝子異常が難聴の原因であることも幾つか報告されていますが、それが如何にして聴力を低下させるのかは、大部分が未解明のままです。
 蝸牛は直径が数ミリ、生体電池がある上皮組織は厚さ20ミクロン程と、非常に小さいため、実験には限界があります。そこで、今回、コンピューターシミュレーションを用いて上記の謎に挑みました。そして、

  • 蝸牛の上皮組織には、実は主に3つの「仕組み」があり、それぞれは電解質の濃度差を利用した複数の小規模電池や抵抗などの部品が並列につながった「電気回路」である。
  • 3つの「電気回路」のうち、2つはカリウム電池が、1つは塩素電池が組み込まれている。
  • 3つの「電気回路」は「直列」のループ状につながれており、その結果、+80 mVの「生体電池」が作られている。通常は、塩素電池はあまり働かない。
  • 「生体電池」からはカリウムからなる電流が常に循環して電池の起電力が保たれるようになっている。

 ことを、初めて明らかにしました(図2)。また、塩素を運ぶ「イオンチャネル」の遺伝子異常で難聴が起こることが知られているのですが、蝸牛の「生体電池」は今までカリウムが主体と考えられていたため、病気発症のメカニズムは全く見当がつきませんでした。今回、シミュレーションをしてみると、この遺伝病では、塩素電池が壊れ、その電池が組み込まれた回路に異常な電流が流れる結果、「生体電池」の起電力が大幅に弱くなってしまうことも分かりました。

2. この研究が意味するもの、将来の展開や期待

図2図2 「生体電池」の仕組みのイメージ。カリウム電池や塩素電池を含む3つの並列電気回路が、直列につながっている。正常(上図)では+80 mVの起電力を示すが、塩素電池が壊れる遺伝性難聴(下図)では、回路に異常な電流が流れ、生体電池の起電力が大幅に低下する。

 今回の研究は、聴こえに極めて大切な蝸牛の「生体電池」の仕組みをほぼ解明するものです。特に、生きた動物の蝸牛では、回路を直接見たり、電流を測定したりすることは不可能ですから、シミュレーションでしか分からない研究成果と言えます。このコンピューターシミュレーションシステムを更に改良して応用すれば、難聴の病因解明や新しい治療法の開発につながるかもしれません。例えば、蝸牛に原因がある難聴へは、現在、ステロイドやビタミン剤などの古典的な薬物が使われています。現在、数百万人が罹患する難聴者の数は、超高齢化社会を迎える日本で増加することは必至であり、効果的な治療法の開発が急務です。シミュレーションにより、事前に薬物のデザインやスクリーニングをしたり、効果や副作用を予測したりすることが可能になれば、効果的でコストパフォーマンスがよい開発が期待できるようになります。

sp
sp
sp